文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

アメリカの一黒人作家

1.許容と闘争という分裂を抱えて

 

 ジェームズ=ボールドウィン(1924-1987)は、アメリカでニグロである自分を意識するほど、激しい怒りの衝動に駆られ気が狂いそうなほど苦しんできました。どこかにぶつければ、殺人罪になるか、または自分が葬られる。彼にとってはどうすれば怒りを抑えることができるのか。そのことが最重要問題だったのです。ボールドウィンが言うように、黒人差別に対して取りうる態度には二つあります。一つは、あるがままの生活、あるがままの人生を怨恨なしに容認すること。しかし自己欺瞞の誘惑がありえないこともない。ふたつめが、もろもろの不正を断固許さず抗議運動や市民権の獲得といった形で闘争するのです。 

 

 ボールドウィンは「容認」と「闘争」という相反する行為を同時になそうとしたのです。至難の業です。個人的な意志で実践の場に立とうとする場合と意志を超えた関係や構造との断絶を自覚して、非情なまでに現実の構造を透視しようと努めたのです。この自覚がなければ、どのような緻密に見えようとも不徹底な理論になります。

 

 2.「容認」と「闘争」について、もうひとつ

 1848年、ヨーロッパの二月革命での挫折で現実の運動から退いて、パリからロンドンに渡り『資本論』を何十年も大英博物館にこもって書いていた男のことを記した本があります。対馬斉さんの『人間であるという運命』に沿って話します。貧富の問題を主人-奴隷の対立と捉えると本当の敵を見失う恐れがある。単純な貨幣-商品という非対称的な関係にこそ資本増殖の秘密があり、人間はその担い手に過ぎないのです。

 

《およそ革命には受動的な要素が、物質的な基礎が必要なのである》「ヘーゲル法哲学批判」

 

 社会には、人間が自分の意志信条に生命をかけて革命運動に臨んだところで変わるときには変わるし、変わらないときには変わらないという一種の自律的な法則を持っています。その社会法則が偏狭な精神・安易な希望に混合されないためにも諦観に徹することで『資本論』に結実させたといえます。それは、俗に言われる資本主義から社会主義への移行の必然を書いていません。暴力的な恐慌の必然性とそれによる資本主義の存続しか。しかし、社会主義への希望も『資本論』以外に見出せないのです。(社会主義が、ソ連や中国のようなものではないことだけつけくわえておきます)

 

 

3.性的エクスタシー(同一性)より相対的他者

 マルクスが見出した物質的基礎が貨幣-商品という形式ならば、ボールドウィンは人種差別の根底に近親相姦に遡行したといえるでしょう。だからこそ彼が最も批判したかったのが、リチャード=ライトらの人種差別撤廃を訴える抗議小説です。

 

けっきょく、抗議小説の狙いは、アフリカに乗り込んできた白人宣教師が、土人たちの裸体を蔽い、蒼ざめたイエスの腕に抱かせては奴隷にしてしまう、あの性急な熱意に実によく似てくるのだ。

            『万人の抗議小説』

 

 民主制、市民社会だのと騒いだところで、法的存在や労働力商品といった抽象人間が誕生するだけで男も女も、身分も貧富もありえないように見える。そんなもののために闘う必要があるのかと主張しているように思われます。

 

www.legendaryletter.net

  法と経済からどのように人間を抽象化しようとも性に基づく関係だけは個別なのですこれは生物学的な性に限らず、直接的あるいは対面関係も含めてもいいでしょう。黒人問題が法的権利の闘争の時代はライトが書いたころよりも100年以上も前に終わっているのです。

 

 日本もヨーロッパも、長い間かけて集団の性的結合、直接的な生の関係を通じて沈黙・安心の共同体を築き上げてきた。それに比べていきなり共同体から切り離された多民族からなるアメリカは暴力的な関係しかなかったのです。

 

 個人というものをそれを産み出したいっさいの力から切り離して考えることもできるというほとんど無意識的な想定が、アメリカ人の混乱の根底となっているように思われる。しかし、実は、この想定それ自体が国民の、祖先からの全的・自発的疎外の歴史という、アメリカの歴史の上に成り立っているのである。

        「アイデンティティの問題」

 

 

 アメリカ人はそのことに無意識に眼を背け、独特の過去を持った史上未曾有の国民を創出したとボールドウィンは言います。そして共同体の中核に「性」、「性」には共同体の可能性が開かれていると説いていました。だが最後にボールドウィンは、たとえ暴力と逃避をくり返したとしても、あるいは最悪の事態を招いたとしても何百年にもわたって相対的な他者と対面したことは賞賛に値すると書いています。(日本の場合だと、中国人、ブラジル人は日本から見た絶対的外国人ですね)

 

アメリカ大陸を舞台とする人種間のドラマが、新しい黒人を創造したばかりでなく新しい白人までも創造したということを、いよいよ認識するときが来た。いまもって白人が私をよそ者として見るという奢侈にふけるこのヨーロッパの村の単純さ、この単純さに通じるいかなる道もアメリカ人にはない。私はどんなアメリカ人にとっても事実上よそ者ではない。アメリカ人を他の国民から区別するものの一つは、黒人の生活にこれほど深くかかわりあったのはアメリカの白人だけであり、白人の生活にこれほど深くかかわりあったのはアメリカの黒人だけだということだ。この事実をそのあらゆるそのあらゆる含蓄とともに直視するとき、アメリカのニグロ問題の歴史はたんに恥辱であるのみならず、一つの偉業であったこともわかる。

      「スイスの寒村にて」

 

アメリカの息子のノート (1968年)

アメリカの息子のノート (1968年)