文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

東浩紀 「ソルジェーニツィン試論ー確率の手触り」について

 東浩紀は1971年生まれであるから、この世代が柄谷行人らの文壇(批評空間)に傾倒するのは珍しい。学生時代に、修士論文とは関係なく自発的に論文を柄谷のもとへもっていった。ただし、その1,2作品で彼はその文壇から決別することになる。もちろん柄谷への敬意は払い続けてはいるが、「知の実社会からの乖離」ゆえずっと世の中への影響力を持ちえていないのに不満を持っていた。そして独自の行うべき道(サブカルチャー、オタクなどを含めた多様なジャンルの横断)を歩んでいるわけだ。

 

 しかし今日は、初期東のアカデミックな論文「ソルジェーニツィン試論」について書きとどめたい。これはスターリン体制のもと収容所に閉じ込められいつ刑が執行されるかわからない状況において、自暴自棄になることなくどんな道徳が可能なのかを問う。

 

 スターリン体制がナチスドイツのアウシュビッツ収容所と異なるのは、死刑を含む刑の重さが確率的なものであるという点だ。ユダヤ人の迫害を目的とするヒトラーに対してはそれに対する道徳的抗議も何とかありえなくもない。ところが、共産党幹部の気まぐれ、そろそろあの地域あたりの人民を政治犯として数人処刑にしようといった状況でどのような倫理が可能なのか。ソルジェニーツィンが「収容所群島」の中で描いたのは既成の道徳、ロマン主義的人間愛というものが崩壊している中で極限状態に置かれた人間がごく普通の道徳「これまでに人がしてくれた優しさを忘れないでおこう」といった言葉の真意に迫るものだ。

 

 

 

郵便的不安たちβ (河出文庫)

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ファシズムとスターリニズムに関する英文解釈もよろしく。

 

 

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