文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

命≒時間をむやみに売り渡さない!

 長時間サービス残業はホントに理不尽に思う。入社1,2年の女子社員がこの過酷な労働で自ら命を絶ったことは身に詰まらされる。本当に他に選択肢はなかったのか、思考力を奪われるまで精神は蝕まれていたのか?

 

 また、中間管理職に就く人も残業代がでず、しかも決して効果の上がらない生産性の低い仕事あるいは会議を深夜長々と費やしているのを見ると気の毒でならない。もはや、資産運用の分散投資に限らず収入源もいくつか持っておく必要を感じる。でなければ、会社側は社員の弱みに付け込む一方だ。住宅ローンを抱えている、子供の教育費がかかるようになってきたなど知られれば思う壺。副業は禁止されているとか、馬鹿正直で悠長なことは言ってはいけない。

 

 とまあ、サービス残業の悲惨さは今日は横に置き、私をもっとも苛立たせるのは、40代後半から50代の平のサラリーマンが一時的な金欠のために進んで残業を申し出ることだ。特に、相続した持ち家があり子供のない平社員(私も平だが)。私たちは、これまで成果にかかわらず言ってみれば会社にいる時間に応じて給料をもらってきた。それなのに20代の若者と同じ感覚で残業を申し出ることにこの人どんな人生を送ってきたのかと疑ってしまう。

 

 私たち、平サラリーマンは会社の底辺だと思ったら大きな間違いで経営者ー労働者という対等の関係にいることを忘れたくない。特に、50歳を迎えるようになると最も貴重な資源は時間だ。私たちは時間を売って求められたことをやるプロフェッショナルだ。今日は、自身の職場でこのような胸中穏やかになれない場面に気が荒くなってしまったが、時間≒命を平気で売り渡すべきではない。

 

 もちろん、サラリーマンとしてのセーフティーネットである基本給まで放棄しろというわけではないのだ。他の会社はよく知らないが、最低限の給料と多くの時間を与えられている。居酒屋で「労働のわりに給料が安い」だの「実際に会社を動かしているのは汗を流している俺たちだ」だのとほざいている場合ではない。頭を使わずに言われたことをやっているだけなのだから。汗水たらしているよりも冷や汗を書いている人間のほうが偉いし尊いはずなのだ。

 

 

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 私たちの定年後は、今の財政事情を鑑みると相当きつい生活を送らねばならないことは容易に想像できる。もう労働者であることを美徳に語るときではないだろう。退職後の準備はし始めておかねばならない。

 

 人脈、才能があれば企業もいいと思う。しかし、私のような凡人なら株式投資などの勉強は欠かすことはできないだろう。これまで株式投資というと、賤しい者と思っていたため陰でこそこそとやってきたが、次第に考えが変わってきた。謙虚に、経営者・企業家ほどの能力を持ちえないのだから自分やりたかった事業、または尊敬できる社長のいるところに投資して少しの分け前を授かろうと本心から思える。もちろん、長期保有だ。

 

 私たちは、大学を出たというだけで簡単に就職できたバブル世代。できることなら、雇用をお願いすることはやめませんか?汲々している若者たちのためにも。とにかくずっと平社員できたら一度は経営側の視点を持ちたい。そうでなければ、神から授かった宝者を冒涜することになりかねない。

 

 

 

貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する (講談社+α文庫)
 

 

 

 

 

 

 今から35年前に「メリーアン」という曲でブレイクしたロックグループがいたが、今もなお自由と時間の大切さをうたい続けている。琴線に触れたフレーズはその曲のカップリング曲で

知らぬ間に誰もが時間の鎖につながれ生きることと引き換えに自由を売り渡す。 

       「ラディカルティーンエイジャー」  アルフィー

 というのがある。メロディーもかっこよく仕上がっているので是非聞いてほしい。

 

メリーアン

メリーアン