文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

副教材を作ってみました

 表三郎氏が提唱する‟スーパー英文読解法”をもとに柄谷行人氏の英語版『日本近代文学の起源』の序文からの一部を解説したものをPDFで商品化しました。

 

 スーパー英文読解法は

  1. 構造分析(S、V、O、Cを使ったもの)
  2. 表現分析(主題と術題、書き手による読者との対話)
  3. 内容理解 (テクストの要約)

というように進みます。構造を捉えるだけ、つまり表現分析を飛び越しては、高度な文章の場合には決して内容理解にとどかないのです。それで表現分析も詳細に書いたつもりです。

 

ここで商品の紹介をさせていただきます。

日本に近代はほとんどなかったというのがこのテクストの要旨であります。ざっくりといえば、私小説に「個」、主体がないというのです。明治10年代の自由民権運動の挫折から政治に背を向け文学に向かう。だが、政治/文学の対立で捉えている限り、「個」というものは現れてこない。例えば現実世界の敗北を想像の世界で超越しようとするのはひきこもりの「私」である。国木田独歩の小説は傷ついたがゆえに政治的敗北の隠蔽をしたのでしょう。そこから<内面><風景><告白>が誕生したわけです。

 現代では、そのことは忘却されてしまい小説がエンターテイメントになってしまいましたが。つまり、日本近代文学の起源は「政治的敗北の隠蔽」に尽きるということです。それでは「個」、主体とはなにか?ここでは取り上げませんでしたが柄谷氏は『終焉をめぐって』で坂口安吾中野重治に関して詳しく論じています。

 

「日本近代文学の起源」英語版の読解

 

有料ですがダウンロード希望の方は、よろしくお願いいたします。上の教材と同じものです。

 

 

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