文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

際限なき自由と虐げられる奴隷

消極的ニヒリズムと積極的無思想について頭をひねってみた。

  1. 先験的選択とは
  2. 竹内好が陥った純粋な自由
  3. ナショナリズムの徹底~ 普遍性への抵抗

1.先験的選択とは

次の命題を見てみよう。

ニヒリズム➡ 行為の不能 不自由

  対偶は

自由➡ 選択があたえられる その範囲における奴隷

 

ここで重要となるのは、ニヒリズムの反対は際限なき自由、純粋な自由というわけではないことだ。自由の制限が要求される。

    

 行為を規定する「価値」の不在 を自由ともみなせる。だからニヒリズムの本質は純粋な自由。それ故に不自由なのだ。大澤真幸の思想に通底しているのはニヒリズム=純粋な自由という関係といえよう。大澤は純粋な自由を「先験的選択」と呼んでいる。

   「現在、経験的に遂行されている選択はすでに先験的に規定されている」

自由意思などは、あらかじめ刷り込まれているわけなのだ。私たちが何ら疑いを持たず自然に行動していることはニヒリストと変わるところがない。

 

2.竹内好が陥った純粋な自由

  竹内好は日米開戦を支持し、東亜から侵略者を追い払うことを望んだ。アジアが西洋列強の奴隷となることを拒絶した。もちろん、日本が他のアジア諸国の主人になることなど微塵も認めてはいない。

日本の天皇制やファシズムについて、社会科学者の分析があるが私たちの内部の骨がらみになっている天皇制の重みを、苦痛の実感で取り出すことに私たちはまだマジメではない。奴隷の血を一滴、一滴しぼり出して、ある朝気がついてみたら、自分が自由な人間になっていた、というような方向での努力が足りない。それが八・一五の意味を歴史のなかで定着させることを妨げているように思う。

    『屈辱の事件』  竹内好

 

 竹内は、完全な自由をめざし、同胞の奴隷化も許さなかった。しかし、開戦直後中国を訪問した際の衝撃は甚大であった。 愛読していた魯迅の墓は日本軍に無惨に荒らされていた。主人/奴隷の関係(植民地支配)は残っている。

 ここでも、純粋な自由は先験的選択に規定されている、つまり普遍主義の様態をとりながら特殊主義に陥っている例を見ることができる。やっていることは同じだが、イギリス・フランスの植民地政策が支配/被支配と峻別されていたのに対し、日本は同一性への愛を押し付ける。「八紘一宇」は支配者に過去を忘却させる装置であった。 

 

      

            

  3.ナショナリズムの徹底 ~普遍性への抵抗原理

 戦後、竹内は近代主義者が用いる「市民」という語を嫌い「国民」「民族」という語を好んで使った。彼が「方法としてのアジア」と呼ぶのは特殊に過ぎないものを普遍と呼ぶことを阻止するためであった。「日本国民」にはその内部に積極的な原理があるわけではないがニヒリズムと異なるのは「価値」に対する意識的な否定、あがきがあるという点だ。大澤真幸が弁護するには

 

 「ナショナリズムというのは、自己を絶対化する原理ではなく、第一義的には絶対化する自己を否定する他者を確認する原理なのだ。

 

竹内は太宰治魯迅読解に不満であったのはこの他者の不在が原因だ。

 

 中国人を本質的に日本人より劣等なものとみなす日本人への中国人の熱烈な憎悪に共感することこそが竹内にとって最も肝心なことであった。竹内の見るところでは、太宰にはそのような深い共感がない。だから、魯迅の仙台での体験の回想記である「藤野先生」から、「卑劣な学生幹事を忘れて藤野先生だけを取り出」す結果となる。太宰の作品に欠落していたのは、藤野先生への敬愛を純粋に浮上させるのは、規定にある日本人への憎悪だ、ということの理解である。

    

 

補足

 最近よく取り上げる大澤真幸は、日本においては哲学者以上に文学者・文芸評論家が思想形成の中心を担ってきたといっている。思想の輸入はいいのだが哲学者は西洋思想の翻訳に成功していない。文学会の最高峰にいる小林秀雄は西田哲学の思考の本質を認めているが読者を想定していないことに批判している。翻訳された語が私たちの生活の中で直面する困難を考察するうえで役に立つことはできなかったというのだ。

 

 柄谷行人がいうように小説の思想的機能は失われつつある。現代のグローバル資本主義のもとではエンターテイメントとしてしか生き残れない。だから、日本にとっての近代文学の自然消滅は思想の貧困をもたらすことは必至だろう。

 

 

阿Q正伝・藤野先生 (講談社文芸文庫)

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竹内好セレクションI 日本への/からのまなざし (〈戦後思想〉を読み直す)

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