文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

丸山眞男によるの日本ファシズムの論理の可能性

  社会学者、丸山眞男をもとにファシズムについて頭をひねりました。

(A)ファシズムは身体の問題

(B)ファシズムの論理ー 逆接関係による支配/服従

(C)ファシズムの論理ー 順接関係による支配/服従

 

  ファシズムは身体の問題

 ファシズムは情念、熱狂から生まれるもので、感覚・知覚を括弧に入れる論理とは区別されるべきだ。丸山眞男は、ドイツ・イタリアのファシズムに比べ日本の天皇ファシズムはさらに「ずるずるべったり」したものであるという表現をしているが、社会学者の大澤真幸は丸山が挙げる日本ファシズムに理論を見ようとする。

 

近代日本思想の肖像 (講談社学術文庫)

近代日本思想の肖像 (講談社学術文庫)

 

 

 よく知られている丸山の日本ファシズムの特徴は以下の3つだ。

  1. 家族主義
  2. 農本主義
  3. アジア主義   

 これが空想的・非論理的であることは何度も繰り返している。これが日本的ファシズムの否定的な部分であることは言うまでもなく、その同調者も精神の未熟さと思考停止という理由から非難されている。

 

  ファシズムの論理ー 逆接関係による支配/服従

 大澤の考えでは精神の強度は理念と行動の密接度である。そしてドイツの指導者を「能動的ニヒリズム」と呼ぶ。どういうことかというと、戦後のニュルンベルク裁判の調査で分かったことだが、彼らはヒトラーは敗れたがこれに従うという態度がヒトラーへの従属を可能にする。ヒトラーは理念の体現化なのだ。認知と行動の逆接関係、「にもかかわらず」の関係こそが支配/服従の関係を創出し、時間・空間を超えてなおそれを安定させることができるのだ。

 

ファシズムの論理ー 順接関係による支配/服従

 ところで、保田與重郎は「滅びゆく日本の美」、デカダンスを積極的に称えた。日本浪漫派を代表する保田のファシスト的心情はもちろん丸山が否定的・消極的とみなしていたものなのだが、それは丸山理論が踏み込めていないものではないかと大澤は疑うわけだ。日本の指導者を「弱い精神」で終わらせようとはしていない。つまり、ドイツの指導者に逆接関係、「にもかかわらず」の関係を見たように、日本の指導者のもつ論理を見なければいけないというのである。

 

 それは順接関係、「それゆえに」の関係だ。

例をあげると2.26事件に首謀者、北一輝は現実の天皇を「クラゲ研究家」と揶揄していたらしい。これは、ヒトラーを理念の体現とみるのとは対極にある。また別の青年将校はこういう。

天皇を雲の上に祭り上げて、雲の下では勝手なまねをしている現状が今の日本である。これが妖雲だ。私たちの願いはこの妖雲を一日も早く切り開いて真の日本の姿を現出しなければならないということであった。私らは東京における会合の席上で、よく話し合ったことがあった。<妖雲を払い除いた暁は、天皇二重橋の前にお出でいただいて、国民と一緒に天皇を胴上げしようではないか>。

    大蔵栄一『二.二六事件への挽歌』

 

 「にもかかわらず」関係は、事実に抵抗し、理念(支配者)を保持しなければならないからその関係を間接化しなければならない。他方、天皇と国民を隔てる雲を取り払い、天皇を胴上げしようなどは極端な直接化だ。「それゆえに」関係は支配者の弱さ・惨めさを露呈させるわけだ。

 

 丸山眞男が日本的ファシズムについて踏み込めなかったものはなにか?

 

 

 認知と行為の順接関係と呼んだ事態によって支持される支配/服従関係がありうるということだ。私たちは国民の衆愚性、非論理性は何度も聞かされてきた。しかしそこにある論理(マテリアル)や構造への考察も無視できないはずだ。

 

               最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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