文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

スクールカーストによる批評

 あるブロガーの方からの推薦で読んではいないのですが、このスクールカーストの図を見ると自分のこれまでの立ち位置がよくわかります。「同調力」の右側の列つまり低いというのが私でした。

 幼少期は人としゃべることが嫌で「なんでしゃべらないの」などいじられたり余計なおせっかいをかけられたものです。鬱としいかった。認めたくはないのですが自閉症だったのでしょう。

 中高生時代は裏ではガリ勉をし自分を取り巻く環境を高尚なものにしたく表面上は「いいヤツ」をを演じていました。そして社会人になり学生時代の自分を知らない人に囲まれるようになるとこれまでの反動からか自己中的な態度を取ることに躊躇うことがなくなってきた。自己中と自閉症は表裏一体なのではないかと考えています。

 30代からは、休日は引きこもって本を読んだり今ではブログというツールを生かし表現する楽しさも覚えました。人間関係に苦難はつきものですが孤高の人を目指したいものですね。方向性はそこしかないと思います。

 それにしても「同調力」のなさがいじめのターゲットになるというのは今の義務教育が抱える問題を端的に示しています。「和を持って貴しとなす」は輪に入れないものの排除なのですから。今の僕の価値観では自己主張のないものに嫌悪感が現れますね。自己チュウにはこれまで悩まされてきましたし自分もその気もありましたが少なくとも問題提起だけはしているのです。

 

f:id:kenji-tokuda902:20160901105417p:plain