文学者たちの痕跡

忘却されつつある文学者の闘争について書きとどめておきたいと思います。

人間とIT

「大失業時代の足音」という記事を読んだ。IT技術の進化が人間から労働を奪い失業者が溢れることで地域の治安は悪化するとこの記者は予見する。しかしこの流れは行きつくところまで任せるよりほかはない。ピューリタン革命、フランス革命など「…革命」とは支配権を奪い取るものであった。このブルジョワ革命は国王から巨大資本を持つ市民が事実上権力をもぎ取った。私はIT革命こそが真のプロレタリア革命だと思う。現にほとんどの労働者がスーパーコンピューターに匹敵するスマホという生産手段を持っているのだから。

社会主義というのは3つに分類できる。ひとつはもっとも知られたソ連や中国が行った国有化、これは平等を実現しようとするあまり自由を認めない強固な国家に転化した。もう一つは社会民主主義で経済を市場に放任しておきながら税金、財政政策で調整するものでもっともバランスのとれたものが福祉国家だがこれは「外に帝国主義」などといわれることが多々ある。最後はあまり知られていないがアナーキズムで19世紀マルクスプルードンが実現しようとして挫折したものでただ破壊とカオスを好む無政府主義とは区別すべきだ。マルクスといえば国家社会主義者と思われがちだが「独立小生産者たちの自由なアソシエーション」とコミュニズムを定義していた(『フランスの内覧』。

IT革命はこれまで巨大資本のもとに搾取され続けてきた人間を解放するのではないだろうか、産業革命が人間を重労働や農業から解放したように。ナチスに加担した実存主義哲学者ハイデッガーは当時存在したサイバネティックスによって「芸術が情報装置になる中で人間に何が残されているのか」を問うた。仕事がロボットに奪われるというが人間として生まれた者が工場でルーティン作業をしている姿はあまりにも悲しい。具体的にはどういう世の中になるのかわからないがカナダのある社会学者が20世紀の半ばに唱えた「仕事が芸術に代わる」というのが実現されつつある。

サイバネティックスの本質は新奇なテクノロジーというのではない。ハイデッガーの悲嘆はそのように受け取れられてしまう。それは<動物/人間><物質/生命>の二項対立で守られてきたヒューマニズムを破壊するものですべてを<差異/情報>に還元するものなのだ。これは新たな価値を創ることを要求し一度隠蔽された差異を露呈する。そうするとそれは新たな文学に関わるものなのかもしれない。